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題名: アウステルリッツ
原題: Austerlitz
著者: W・G・ゼーバルト
訳者: 鈴木仁子
発行: 白水社 (2003/08/10)
価格: \2,200
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私は、アガータ・アウステルリツヴォーという女性を、捜しています。いつまでも。
【内容紹介】
私が初めてアウステルリッツに出会ったのは1967年、高さ60mのドームをいただくアントワープ駅の待合室だった。当時の彼は金髪波打つ青年で、駅構内を熱心に撮影していた。建築史に興味のある者同士として、私たちは会話を交わし始めた。ベトンで固められついに役立つことのなかった要塞などベルギー旅行中に何度か私たちは交錯し、人間の営為の遺跡ともいうべき様々な古建築について語り合った。彼はロンドンの文化史研究所の講師であり、英国に戻っても彼の研究室を訪ねたりしたのだった。
その後私はドイツに帰還したり再渡英したりと落ち着かず、いつしか彼とも疎遠となり、偶然の導きのようにして再会を果たしたのは1996年のことだった。年齢を感じさせるようになった彼は、何かを予感するかのように、長い「自分の物語」を語り始めた。「子供の時分からずっと、私は自分という人間がほんとうは何者か、知らなかったのです」と…。
【感想】
淡々と続く、彼・アウステルリッツの言葉は、長年の知己の思い出話のようでもあり、ついさっきベンチの隣に腰をおろした老人の繰り言のようでもあります。彼は「時間」も含め、すべてを見透したようなまなざしを遠くにそそぎます。この本の随所に飾られたモノクロ写真もまたそうであるように、その声は沈黙と雄弁を併せ持っているようです。
彼の話は、ウェールズの小さな田舎町からあの欧州の古戦場、さらにはパリで最も神秘的な駅、オーステルリッツへと続く道につながって行きます。
アウステルリッツは過去を失った男であり、もの心ついたときはすでに「少年」でした。説教師の「父」と心を病む「母」、そして安住の地とは言い難いウェールズの寂れた町から彼の記憶は始まります。彼にとって寄宿学校は救いであり、学問のみが自分を救うことを感じ取っていました。妻の死を乗り越えられず父もまた心を病んだとき、それまでの「イライアス」にかわり「アウステルリッツ」という姓が晴天の霹靂のように彼のもとに降って来ます。精神的にはすでに老成していたとも言える彼にとって、それは単なるひとつの現実に過ぎませんでした。
彼は決して冷酷な人間ではなく、また好んで孤独を求めていたわけではありません。歴史教師のヒラリーと、寄宿学校の悪習で「従卒」としてつけられた下級生のジェラルドが彼の世界を広げてくれます。ことにジェラルド・フィッツパトリック家への訪問は彼の青春でのわずかな光芒と言えるでしょう。戦死した父に代わって博物を教えてくれた大伯父アルフォンソ、そしてアウステルリッツにとっても母代わり、姉代わり、あるいは初恋の人とも言える、ジェラルドの母アデラ。しかしながら、外界と隔絶したようなその平安を捨ててでも、彼は求めざるを得なかったのです。自分のアイデンティティを。どこかに残されているはずの母の影を。
彼にとって世界とは19世紀末で終わっていたはずでした。自分の歴史を断ち切った彼は、人が地球に刻みつけた時代の生き証人・建築物が囁く纏綿と続く歴史にのめり込みながら、それ以後の時間から逃げていたのです。しかし、ある時ラジオで語られていた事実を偶然耳にしてしまい、彼にとってのパンドラの箱が開きます。1939年、プラハ。子供だけの移送があったこと。かすかな記憶…楽器を演奏する少女。
赦そうにも誰を赦せばよいのか。怒ろうにも、何に対して怒るべきか。自分がここにぽつんと存在する不可思議さに彼は慄然としたかもしれません。
旅は彼の身体にしみついています。あるいは旅こそがゆりかごだったのか。そしてまた、彼は求めるもののために旅に出ているのです。
それにしても「文学」という表現形態には、まだまだ可能性が残されていることを思い出させてくれる本ですね。