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題名:  ベル・カント
原題:  Bel Canto
著者:  アン・パチェット
訳者:  山本やよい
発行:  早川書房 (2003/03/31)
価格:  \2,600
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【内容紹介】
 日本の大電機メーカーの工場を誘致したい南米某国は創設者ホソカワ氏の趣味がオペラ鑑賞であることを聞きつけ、美しい天才ソプラノ歌手を招いて氏のために誕生日パーティを催した。反体制グループの一団は大統領を拉致するつもりで侵入したが、大統領はTVドラマを見たいがために欠席しており、心ならずも事件は数ヶ月にわたる「占拠」という事態に発展してしまう…。
 人と人とが理解し合うのに必要なのはなんなのか。こころ揺さぶる音楽恋愛小説!
 
【感想】
 小説には純粋に楽しむための小説もあり、多少は世の中のことや人間を考えるよすがとなる「文学」と呼ばれるジャンルもあります。少なくともPEN/フォークナー賞という名の知られた文学賞を獲得したということは、単なるロマンスやエンタテインメントとは一線を画するものと期待するのは当然と思われます。
 なるほどこの小説、「お話」としては甚だよくできていました。ではこの「美しい設定」をもう少し発展させてみましょう。たとえばバグダッドのど真ん中で着飾ったアメリカ人オペラ歌手がアリアを歌い、愛と音楽は世界を救うと訴えるとか。その姿をかの国の人が見たら、何を言っているのかわからぬなりに、その声量には驚嘆するかもしれません。だが目の前の異様なほどにイノセントな存在というものは、果たして平然と受け入れられるものなのか。愛を説けば全てめでたしになるという単純な世界では、すでにあり得ません。
 
 20世紀以降の文学は、多く個人と社会の関わりをテーマの根底にに据えてきました。市民は主権者となったかわりにある程度の思考を要求され、「社会的であること」に対し無関心ではいられないはずなのです。たしかに本書は現実の事件に材を取り、社会に無縁ではないと強弁することも可能でしょう。しかし、多少なりとも関心のあった人はすでに知っています。現実にはゲリラたちは攻撃軍突入と同時に降伏したものの、全員裁判もなしに現場で射殺されました。首謀者の首は切断され、フジモリ大統領のもとに運ばれました。首実検とはまた大時代的なことをするものですね。
 現実の事件の背景にはアメリカの手先となり弾圧と圧政を行ったフジモリ前大統領の失政があります。現ペルー政府はいまだに「国家犯罪者」として彼の引き渡しを要求し、難民・亡命者を受け入れない日本政府は珍妙にもこの圧制者についてのみ「二重国籍」を認めてそれを拒み、日本財団の手によって匿われているのが実情です。 
 
 ゲリラが発生する理由のほとんどは「食えないから」です。思想が先にあるわけではけっしてありません。そもそもは貧富の差が原因なのであり、それを助長し、いつまでも資源国を「発展途上」にしておきたいのが「先進国」の本音ではないでしょうか。
 たとえばアメリカはチリのアジェンデ政権を武力でつぶし、ニカラグァにも内戦の種を蒔いてきました。他国の国政には容赦なく干渉するにもかかわらず、やろうと思えばできる「メディジン・カルテル」攻撃をなぜしないのか。いくら麻薬シンジケートとはいえフセインほどの武力もないに決まっています。自国民すらもがある程度薬漬けになっているほうが、為政者にとっては都合がよいからとしか考えられません。まったく政治とは冷酷なものです。
 アメリカの力による一極支配が世界に平和をもたらすなら、必要悪と考えることもできるでしょう。しかしそうした帝国主義的PAX ROMANA が永続したためしはなく、新たな矛盾を生み出す公算のほうがはるかに大きいとは思いませんか。
 
 歴史小説ですら、その時代の政治・宗教と個人の関わりを無視できません。現代小説であればなおさらのはずです。この小説はそうした背景を一切顧慮せず、単に舞台装置としてのみ、あの「悲惨な」事件を扱っていると思えます。たぶん、著者、ならびに賞を与えた米国人たちはその悲惨さをも理解できていないのでしょう。
 
 ついでに言えばここに登場する珍妙な日本人たちも印象希薄で、日本名物リカちゃん人形でも眺めて造形したのかとも疑われます。国際的企業のトップが、英語は「サンキュー」しかわからないでは勤まらないだろうし、特にソニーの大賀氏がモデルとしたら侮辱もいいところです。ゲリラの少年少女にしても、美少女やら歌の天才、チェスの天才と、ほとんどサーカス団のようですらあります。
 かくのごとく徹頭徹尾脳天気で非現実、しかし読んではけっこう面白いというのは、一種のナンセンスSFなのかも知れません。これ全体が壮大な諷刺劇だとしたら、一目おくことにやぶさかでないのですけどね。


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