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題名:  昏き目の暗殺者
原題:  The Blind Assassin
著者:  マーガレット・アトウッド
訳者:  鴻巣友季子
発行:  早川書房 (2002/11/30)
価格:  \3,400
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どこまでも、いつまでも、ラヴ・イズ・ブラインド。2000年度ブッカー賞受賞作。
【内容紹介】
 時は1945年、戦争が終結して10日後のこと、妹のローラはわたしの車を運転し、工事中の橋から墜落死した。1947年、夫リチャードがヨットの中で脳出血で死亡、1975年、一人娘のエイミーがアパートの階段から転落死、1998年、義妹のウィニフレッドがようやくこの世を去った。そして1999年、ひとり残ったわたしアイリスは、生きすぎた自分を持て余しつつ自分の来し方を語り続ける。
 傷痍軍人として第一次欧州大戦から復員した父は祖父の創設した釦(ボタン)工場を継いだものの、世界的不景気と労働争議のさなか、わたしをリチャードに「売る」ことでしのごうとした。愛情のない結婚生活はついに別居に至り、わたしはたったひとりの娘の養育権すら奪われてしまう。
 その一方で、謎の死を遂げた妹ローラはひとつの物語を残していた。死後出版された作品『昏き目の暗殺者』は永遠の名作とされ、ローラは伝説の作家と祭り上げられた。その物語に描かれているのは人目を忍びさまざまな場所で密会する男女と、二人の語る異次元世界の物語。そのモデルは誰なのか、二人の語りは何を意味するのか。そして、老女アイリスの語り続ける相手とは…。
 
【感想】
 この物語はいくつかの時制と舞台の混じり合った一見複雑な構造を取っています。現在の時制で記されるのは老女アイリスのモノローグなのですが、自分の死を予感している彼女はひとつの義務感に支えられ、それをよすがに命を繋いでいます。
 言いたいこと、やり残したことはただひとつだけ。しかしそのためには自分の生い立ちから書き記さなくてはなりません。こうして、息も絶え絶えながらなおも続く孤独な老女の日常生活、そして彼女の回想の世界、さらに加えて作中作である「昏き目の暗殺者」に現れる密会する男女と「盲いた少年刺客」の物語が交互に挿入され、奥深い世界が展開します。それは「技巧」と言うよりは、むしろアイリス自身の脳内動向を忠実に再現しているようにも思えます。塗り重ねられた世界を錯綜する妄想と呼ぶのは若い者の勝手、年を取ると誰しも脳内は一種のパラレルワールドとなるのでしょう。もちろん「これを言ってしまったら終わり」という事柄をできるだけ先延ばしすることにより、読者は謎を引きずりながら最終章の到来を待つことになるという効果もあるのですが。
 
 誰しも生き延びるためにはイノセントであり続けることはできず、アイリスも肉親に裏切られ続け、同時に自分と自分の愛する者を守るためにはできるだけのことをしようとします。しかし彼女の周りでは死者の数が増えるばかり。すでに老残というに等しい状況で、以前からの使用人のみが話し相手であり、経済的に不自由はなくとも、本質的には孤独の極北とも言える状況です。
 彼女を生かし続けている気力は、年上の義妹ウィニフレッドへの対抗心なのでしょうか。そういう意味ではきわめて狷介、感情移入しにくい主人公とも言えるでしょう。
 
 しかしこれとは対照的に、非現実領域で語られる挿話の残酷な美しさは身を瞠るばかりです。「舌を抜かれた生け贄の生娘」と「昏き目の暗殺者」が手に手を取って逃げる暗黒の迷宮の道行き。それは先の見えない愛の語らいから生まれた鬼っ子でありながら、アラビアの昔話の雰囲気さえ漂わせます。濃厚な香煙に包まれた異次元世界、それは隠し通さねばならない不義の恋に身を焼く二人が、その身を潜めようとしてついに叶わなかった夢のようにも思えます。


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