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題名: 白檀の刑
原題: 檀香刑
著者: 莫言
訳者: 吉田富夫
発行: 中央公論新社 (2003/07/15)
価格: \5,600
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閻魔の閂の刑、腰斬の刑、凌遅五百の刑、戊戌六君子の斬首、すべてわしがこの手でやってきた。田舎者相手は不足だが、白檀の刑をとくと見よ。
【内容紹介】
山東省高密県の田舎芝居・猫腔(マオチァン)は、ニャオニャオと猫の声で合の手が入り、役者は英雄豪傑から人情物まで何でも声で演じ分け、庶民は皆これが好き。猫腔聞けば危篤の病人も起きあがり、葬儀で唄えば仏様まで立ち上がる。さて、ここで大一番、最後の猫腔が幕開けだ。
都じゃ西太后さまが義和団に肩入れしたお陰で列強の反撃を受けて蒙塵され、信任厚いはずの袁世凱も新制中国軍を私兵化し、漢奸ばかりがのさばる中、ここにひとりの潮垂れおやじが現れた。猫腔の名手で元座主の孫丙は、髯比べで新任県知事様に破れ故郷に引退、細々と茶館を営んでいた。しかし高密県にドイツ鬼子がやってきて、畑をつぶして鉄道を通すという。そのドイツ人に女房子供を乱暴され、孫丙は怒った。河原乞食のなれの果てといえども、理不尽な外国人売国奴連中には負けられん。彼は義和拳に入門し、ついに一揆に立ちあがる。それに立ち向かう県知事銭丁は、犬肉小町と呼ばれた人妻眉娘といい仲で、しかも彼女は首謀者孫丙の娘。しかも寝取られ亭主の趙小甲の父親趙甲は、西太后陛下皇帝陛下に謁見を賜り恩賜の品までいただいたという当代一流の処刑人。武運猫運つたなく捕縛された孫丙は、一世一代の大舞台、縁戚でもある趙甲、婿の小甲の手によって、史上最も残虐なる刑罰「白檀の刑」に架けられることとあいなった…。
【感想】
高行健、ダイ・シージェと言った亡命中国人作家が感傷的な作品を産み出すのに比べ、莫言、賈平凹など本土の作家は物語性の強い長編にこだわりを持っているように見受けられます。本書はその代表格・モーイェン(言う莫かれという意味の筆名)の新作ですが、清朝末期の故郷高密県を舞台とした、革命小説でありクライムノベルであり冒険小説であり恋愛小説であり、最後の伏線解明まで気の抜けない濃厚な味わいの作品です。
表面上は暴動の首謀者孫丙が逮捕されてからその死までのわずか7日間の出来事。しかし多彩な登場人物とその回想という構成をとっているため、清末のある地方の一ページというだけではなく、中国処刑史から雑劇の発生状況、末端官吏の生活まで綿密に詰め込まれ、さらには例によって食い物にはひたすらこだわり、高密県の四大名物と言えば宋西和の千層ガオ、杜昆の大火焼、孫眉娘の犬足肉煮込み、賈四の店の発酵麺の包子(金糸棗つき、餡は羊肉、人参、葱生姜)とこれまた濃厚な味わいでその匂いまで漂ってきそうなほど、著者は「旧形式」というけど、実に考え抜かれた構造の「全体小説」とも言えるでしょう。
のっけに逮捕されたことが告げられる孫丙は、娘の目から描かれることもあって全くのトチ狂った爺さん。元役者が一時の激情で反抗したようにも思えたのですが、次第に文字通りの人民英雄となって行きます。従容として刑につく姿、それこそが「中国男児」の心意気を示すことを知り尽くし、これに対する美男の県知事銭丁は、名門の正妻を持ちながら、纏足もして貰えなかった大足の孫眉娘との恋愛にうつつを抜かしています。身分も境遇も違う二人の恋愛は半馬鹿の亭主以外は町の全員が知っているのですが、その激情と眉娘の美しさからなんとなく認めてしまっているのもおおらかというか。
しかし、反逆者は眉娘の実の父、処刑人は義理の父。刑罰の本義は見せしめにあり。俗物袁世凱は、趙甲の手を借りて、ドイツ総督クロードへの阿諛と人民への警告の一石二鳥を狙います。その世にも残虐でまた美しさすら感じられる「白檀の刑」とは…。
それらをひとつの「猫腔」という劇仕立てにしてしまう饒舌なる莫言の力業、おかげでニャオニャオの囃子言葉はまだわが脳内に鳴り響いているのでした。ああ、劇終。