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題名: コレクションズ
原題: The Corrections
著者: ジョナサン・フランゼン
訳者: 黒原敏行
発行: 新潮社 (2002/11/30)
価格: \3,800
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君たちが小さいとき、確かに父は君たちを「愛して」いた。「愛」? やれやれ、なんて響きだろう。
【内容紹介】
アメリカ中部大平原地帯の地方都市セント・ジュードに住むアルフレッドは斜陽となった鉄道会社を退職し、パーキンソン病を患い、忍び寄る痴呆症の影に脅えつつかたくなにただっぴろい家を離れたがらぬ頑固じじいである。老妻イーニッドもアルフを愛しているのかどうか自分でもわからないまま年老いて、望みはただすでに家を出て大都会に住む二男一女三人の子供たちとクリスマスを送ることのみ。しかし「子ども」とはいえ、すでに独立した彼らにはそれそれの都合ってものがあるのだ。親を想わないわけではない。故郷に帰りたくない事情だってあるのだ…。
【感想】
"Corrections"――それは「修正」を意味します。ここに登場するのは、どこかで道を間違ってしまった家族です。と言ってもだれひとり犯罪者というわけでもないし、重度のヤク中になったわけでもない。離婚程度ならありふれたことだろうし、ぴこぴこ云ってる「場違いセンサ」さえ畳んでしまえば、なにもなかったように暮らすことも可能……それでも彼らは、どこかで自分たちがズレてしまったことをうすうす感じているのです。―これは親父やおふくろが言ってたことと違うな。どこからともなく聞こえる進路修正の警告を、奥歯の詰め物あたりで聞きながら、日は流れて行きます。こういうことってありますねー。
それに加え、アチラでは「理想の聖家族」というものが存在するのはご周知の通り。特に大統領一家などは、まずこれを演じなければなりません。自由と正義のために立ち向かう家長、それを支える健気な妻、従順で優秀な子どもたち。娘がブレースくらいはめているのはご愛敬としても、暗い顔をしていてはいけません。それからできれば犬、少なくとも猫。そんなものが世の中にあるわきゃないと知りつつ、彼らはやはりどこかで憧れているのでしょうか。
でも「家族」なんてうざいばっかりではないか。子どもは「頼みもしないのになぜ産んだ」と開き直るし、親はいつまでたっても自立しないパラサイトにあきれているし。最後には解り合えて抱き合って…なんて家族は、今どき朝の連ドラの中にさえ見あたりません。どちらさまを拝見しても崩壊しつつある絆。こうしてネットなんて便利なもんもあることだし、いっそのことみんな一人でずーっと暮らせたら…。それはいやだと? はっ、淋しがりやさんなんだから、もうっ。
ここに描かれる「家族」では、子どもたちはすでに親元を離れ都会でそれなりに生活しており、表面上家族の絆は「記憶の共有」という形でしか残っていないはずでした。しかし、元をたどれば父アルフのおかげで、それぞれはやがて波瀾に巻き込まれていきます。あたかもわれわれは「親子」という「因果応報」とも思えるような伏線に支配されているかのようです。そして母イーニッドの思惑通り、子どもたちは「目の届くところ」に落ち着いて行きます。
これに対し謹厳な鉄道マンであった父アルフは、あくまでも「互いのプライバシー」を尊重しようとします。身体がきかなくなり、ボケつつあることを自覚し、ともすれば死への誘惑に身をゆだねようとしつつ。自分を尊重するためには他人も尊重せよ。親子兄弟は他人の始まり。しかしこの動かない身体、これがおれなのか…。誇りをずたずたにされながら、彼はなお抵抗をあきらめません。
老残の姿、その裸となった一人の姿、それを支えうるものがあるとすれば、やはり血の絆なのでしょうか。ふん、DNAなんかいらねーよ。