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題名: 誰がドルンチナを連れ戻したか
原題: Qui a ramene' Doruntine?
著者: イスマイル・カダレ
訳者: 平岡敦
発行: 白水社 (1994/01/25)
価格: \1,800
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わたしが会いたくなったら、いつでもドルンチナを連れてきてくれると言ったじゃないか。それなのにお前は死んでしまって、どうするつもりだえ。
【内容紹介】
ヴラナイ家は881年にまで遡るこの地方きっての名門である。9人の男子と1人の娘に恵まれたものの末っ子の娘ドルンチナは遙か遠くボヘミアに嫁に行き、息子たちはペストに蝕まれたノルマン人の軍隊と戦ったあげくことごとく戦死あるいは戦病死した。だがある日、娘のドルンチナが誰かに連れられて実家に戻り、一人残された老母とともに息も絶え絶えに倒れているところを発見されたのだ。いったい誰が連れ戻したとの問いに、ドルンチナは答えた。「兄のコンスタンチンよ」と。
三年も前からこの世の者ではなかったコンスタンチンが蘇ったのか。復活はキリストのみに許された恩寵のはず。時あたかも東方教会とカトリックの対立が激しさを増しており、地方警備隊のストレス隊長は、住民たちに迷信が広まらぬうちに事態を収めねばならなかった…。
【感想】
これは中世アルバニアの伝説を元に、民族の誇りがどのようにして生まれたかを追求した作品と言えるでしょう。ベーサ(誓い)とカヌン(掟)。それは有史以前よりアルバニアの人々を律してきました。本来の国家とは国民相互の安全保障機構にほかならず、民衆にとっては「お上」の押しつけではない共同体として誕生したはずです。共同体の秩序の根底は民衆それぞれの信頼関係であり、したがっていったん口に出されたベーサの言葉は守られねばなりません。
長兄コンスタンチンは、娘を遠方に嫁に出すことを悲しむ母に対し「母が会いたくなったらいつでもドルンチナを連れてこよう」とベーサを立てたのでした。そしてそれは結婚式に参列した全ての人々が耳にしていたのです。壮漢コンスタンチンは、自分に死が迫っているとは予想もしていなかったのでしょう。
ドルンチナの言葉に衝撃を受けて倒れた老母は、やがて何も語らぬまま息を引き取り、葬礼の泣き女たちはコンスタンチンの復活を早くも叙事詩として歌い出します。これこそは伝説の始まりです。地方警備隊長ストレスとその部下は、死者復活という禍々しい噂を打ち消すべく捜査を進め、その展開はミステリーのようでもあり、美しい人妻ドルンチナやアルバニアの民衆に対する悩みを抱きつつも理性を貫き合理的な解決を望む隊長の姿は、むしろ近代人の苦悩を思わせます。
そうした中で、部下の達した結論は、妹ドルンチナに対する「近親相姦願望」ゆえに、コンスタンチンの霊が舞い戻ったというものでした。これは言わばルーマニア的なホラー感覚です。このまま怪談として終わればロマン的ホラー作品ということになります。
ところがアルバニア人は理屈っぽいのですね。その代表であるストレス隊長は超自然現象をむやみに容認することはできません。科学的な態度を貫くことを選び、誰かがコンスタンチンに化けたに違いないと、容疑者の捜索を近隣諸国にまで範囲を広げて続行します。
ついに一人の男が逮捕され、人妻ドルンチナを誘惑したと自白さえするのですが、そこから物語、いや、ストレスの心情も含めて、事態は急展開を見せるのでした。
ギリシャ時代にまで遡る祖国への誇り。死をも上回る連帯の重さ。それは民衆の間にこそ存在する。
『夢宮殿』にも見られた、著者カダレの思想が色濃く現れた作品と言えます。