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題名: ハザール事典[女性版] 夢の狩人たちの物語
原題: Hazarski Recnic
著者: ミロラド・パヴィチ
訳者: 工藤幸雄
発行: 東京創元社 (1993/05/15)
価格: \2,500
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9世紀、ステップを渡る風の匂い。17世紀、悪魔の吐息。そして20世紀、考古学者殺人事件。
【内容紹介】
カスピ海の北に広がる中央アジアの草原から黒海に吹き抜ける風は、まぼろしの民族ハザールを作り上げた。かつてサラセンやビザンチン帝国と対等に渡りあい、独自の言語と宗教を持ち、剽悍さで知られたハザール可汗(カガン)国。巨大な鹹水湖が産み出す水産物と肥沃な大地の穀物に恵まれた豊饒の国。だがある時、当時の三大宗教のいずれかを国を挙げて受け入れたことから運命は一変する。キリスト、イスラーム、そしてユダヤ。彼らが受け入れたのはどの宗教か。そしてどの名前の悪魔が、彼らを滅ぼしたのか。それらは全て時の流れに包まれてしまった。ある説では、東欧ユダヤ人はパレスチナにルーツを持つのではなく、全てこのハザール・ユダヤ教徒の裔であるともいう。
現在なお抗争を繰り広げる三つの宗教、その狭間で滅びた王国。その歴史を追う者たちにもあまたの夢、風、そして災いが訪れるだろう。読む者は風を感じ、また夢の狩人の獲物となるがよい。
【感想】
遠い遠い昔、悪魔たちが集まって宴会を開いたと言います。
「おれはあの国の美しい王女を誘惑して見せよう」
「はっ、おぬしの考えはその程度か。おれはあの国をほろぼしてみせよう」
「貴様も小さいな。おれは千年・二千年後にも及ぶ、災いの種をこの国から全世界にまき散らしてやろう」
われわれは今、彼らの囁きを耳にすることができます。ひとによっては嗅覚に感じることもあるでしょう。あの鼻の仕切のない連中はかすかな硫黄の匂いを放ちながらわたしたちのあいだに紛れ込み、今日も自分の仕事の成果を競い合っています。
かつてハザールに布教のため招かれた三大宗教。それはすなわち、それらにまつわる三種の悪魔をも引き寄せたことになるのです。三大宗教のどれかを選ぶというカガン御前のハザール論争は刺激に満ちた説話ですが、聖職者たちの影に紛れてへばりついてきた悪魔どももまた3種類、あーだこーだと口を出す手を出す。果ては末代永劫祟ること、たたること。
これに対し、ハザール在来宗教の「夢の狩人」は、他人の夢から夢へと渡り歩く人たちを追跡し、時には動物やら悪魔やらが見る夢まで追いかけて、眠りの世界を彷徨する。これじゃまったく現世利益にはなりゃしない。カガンが苛立つのもむべなるかな。もしも苛烈な砂漠生まれの三大宗教ではなく、荘子でもふらりと立ち寄っていればまだ事情は違ったろうに。しかし狩人の巫女たる王女アテーは永世の生を約束されたのではなかったか。彼女もまた、今夜も誰かの夢の中をさすらっているのかも知れません。
もちろん当時の記録はごく一部を除いて失われており、かろうじてダウプマンヌス編著による「ハザール事典」初版(1691)にその記録を残すのだそうです。もっともこの初版本すらも毒が仕掛けられたり小箱に収められたりしたあげく、すべて破棄されたと伝えられ、本書はなんとその第2版という触れ込み! 当然のように中東戦争を含む現代までのハザールのタタリが網羅されております。
事典として編纂された項目は多岐に及び、いずれもエキゾチズムに溢れ、極めて魅力的。それらは独立した挿話であり、あるいは小伝記であり、口承伝説に充ち満ちています。もちろん今となっては見ることもかなわぬ博物も網羅されています。たとえばカスピ海沿岸で採れる果実「クゥ」。魚に似たその姿の描写は、別役実のものづくしにも似て魅力的なこと。
強烈な個性と知性に裏打ちされた読書快楽中枢刺激の一冊。あるいは性別分ければ二冊。まったく、こういう出会いがあるから、読書はやめられませんね。