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題名: 風の裏側 へーローとレアンドロスの物語
原題: Unutrasnja Strana Vetra
著者: ミロラド・パヴィチ
訳者: 青木純子
発行: 東京創元社 (1995/02/28)
価格: \1,500
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たった一枚、時空を隔てるその青い紙を、君は透視することすらできぬだろう。
【内容紹介】
「ヘーローとレアンドロス」は古代ギリシャの恋物語。島の女神官ヘーローに許されぬ恋をしたレアンドロスは、毎夜海を泳いで渡る。やがて神はその背徳を知り、潮の流れと波を呼ぶ風を与えるだろう。ちっぽけな人間などたちまち海の藻屑となるほどの、ほんの一吹きを。へーローは嘆いたか? 神のささやかな悪戯に弄ばれた恋人のために涙を流したか?
17世紀に生を受けた石工のレアンドロスの中には、他の者よりも3倍速い時間が流れていた。彼はオスマントルコの侵略軍に追われ逃げまどいながら、ベオグラードを離れ、「破壊されるための」教会を驚異的な速さで造り続ける。トルコ軍がひとたび去ったとき、今度は「最後のふたつの塔」を著名な建築職人ザンダルと張り合ってたった一人で建造する。しかし「斬られるのにもってこいの白鳥の首」を持つレアンドロスの運命は定まっているし、建築物とて未来永劫のものはあり得ない。時の合わぬままついに現実の女の中に精を放つことのできなかったレアンドロス、いったい時間を泳いでどこへ向かうのか。
そして20世紀のヘーローは化学専攻の女子学生だ。発破師を産み出してきたその家系は代々12時05分に爆発で木っ端微塵になる運命だ。バイト先の家庭教師の男の子は一人の筈なのに、その家の者はもう一人存在しているという。疑いながらも彼女はやがて未来形しか語れなくなっている自分に気づくのだ。その未来には、時空を超えたレアンドロスが待ちかまえていると。彼らのおかげで異なる時空を知った彼女は、プラハで音楽を勉強する兄の元へ赴く。この美しい妹は向かいに住む軍人と恋に落ちるが、彼は定めのレアンドロスではあるまいに。そして運命の12時05分が迫る。そこに待つのは、確実な死、あるいは時空を突き抜けるエネルギー――そしてひとり残される兄の姿。
【感想】
運命とは常に時間の向こう岸に存在するもののようです。本の中に身を委ねる読者もまた時間の中を泳ぎ続けます。岸辺に待つものが何であれ、読者はひたすらぷかぷかと波の間に間を漂うばかり。
目の前に置かれているのは一冊の本。その表と裏は相対的なものに過ぎず、どちらから読んでも読者は遠い昔の恋人達の囁きを耳にすることができます。その中で恋人たちは互いを探し求めながらも、あるいは神の意志により、あるいは妹を守ろうとする兄の意志により、あるいは異教徒の剣豪の手により、引き裂かれ続けます。そしてある時、二人を隔てる一枚の紙の表裏が不意に混じり合ったとしたら? 一冊の本はくるりと時と空間を超え、メビウスの環と変貌することでしょう。
君もわたしも本来ならば時間の海など怖くて泳げまいに、そこは読者の特権、著者の企みを逆手にとってゆっくりと海の塩味も味わうことができます。だがそこに描かれた男と女にとって、かすかに聞こえる他の時空の声は凶兆ですらあることでしょう。わたしを待つ人は、たぶんこの世界には存在しない。いくら待とうとも、現れるはずがない。あなたもそんな風に思ったことがあるはず。もしもどちらの世界もが混じり合うほどに自由になれたら…。
いかなる想像力がそのような自由を保障するのでしょうか。万一時間軸が断ち切られたとしたら、二度とこの世には戻れない。恋する彼我の間を隔てるのはたった一枚、表裏を有する薄青色の紙にすぎなくとも。言い伝え通り、死と時間とは兄弟なのかもしれません。
しかし、これとてもひとつの選択に過ぎないのです。あるいはヘーローから始めればまたまったく別の世界が見えるやも知れず、レアンドロスから読み始めればついにくぐり穴を見つけるやも知れず…。