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題名: 輝く日の宮
著者: 丸谷才一
発行: 講談社 (2003/06/10)
価格: \1,800
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「トーストの匂ひ、はいつていいですか?」「どうぞ。食べてあげる」
【内容紹介】
杉安佐子は19世紀が専門の国文学者、バツイチ子ナシの「美人」である。父は戦中期の皇国史観の雄・和泉錠(いずみ・たかね)の弟子であるが、
国史とは離れて戦後に「生活史」の分野を始めた学者、兄は日銀に勤めている。
運命が回り出した発端はなんだったろう。15歳のころに鏡花を真似た「小説」を友達に送りつけたことか。それとも元禄文学学会で「芭蕉はなぜ東北
に行ったのか」をやったときか。このときまだ助教授にもなっていなかったのだが、大物学者に噛みついたせいでなんとなく名が売れた。安佐子はこれを文章
に仕上げた記念にヨーロッパに遊びに行き、ローマの空港でロンドン行きのゲートを探しているとき、「彼」と出会ったのだ…。
【感想】
本の感想よりも先に、1925 年生まれの丸谷氏がこれだけの作品を仕上げたことにまず敬意を表しなくちゃ。同年の辻邦生はすでに亡く、年下の
北杜夫氏(1927生)や小松左京氏(1931生)はほとんど執筆しているようには思えず、残るは『雲の都』を書き続けている加賀乙彦(1929生)くらいでしょうかねー。
作品のほうは、一見自由奔放とも言える世界ですが、必ずしもわがまま爺さん言いたい放題というわけではありません。むしろ驚くほど緻密に読者を
楽しませるよう構成されているとも言えます。少女時代の主人公の手になる鏡花のパスティッシュに始まり、独白つき学会劇を交え、しかも文学史上の謎解きも、
時代を超えて2個もつめこまれ、書誌ミステリと言ってもよいくらい。そもそも学問とは謎解きである事を思い出させてくれます。そうじゃなかったら学問はちっとも
面白くないし、単なる点取り虫に堕してしまったら、衰退の一途を辿るのは各所でご覧の通り。それはさておきこうした種々のスタイルと古典の融合は、やはりジョイス
『ユリシーズ』の訳者らしいところとも言えるでしょう。
ここで扱われるのは、著者の持説である「御霊信仰」を源氏から芭蕉、ひいては19世紀まで敷衍しようとする試みです。失われた源氏の章があるというの
は新説とは限らず、むしろ11世紀の作品が完全な形で残っている方が不自然です。「輝く日の宮」の章にしても、あったものが失われたとか、後代の補作で結局
また消えたとか諸説があるみたい。まあ門外漢としては文学史の論点は感心して聞いていればよろしい。
謎解きとは別にメインストーリーとして展開するのは、なんと言っても安佐子と「水のアクア」幹部社員・長良との恋愛です。あくまで独身主義を貫く長良は
平安貴族を体現したような妻問い婚。いい気なものですねー。『女ざかり』でもそうだったのですが、丸谷氏の作品は女性が主人公で一見フェミニズムと見えて、
実は男が実にわがままです。それを肯定しているのかどうか曖昧で、亭主関白は男の美徳、それこそが日本の伝統、王朝文化の色好みだとか言いかねない
ところをユーモアで救っているようにも見受けられます。丸め込まれるとも言えるかな。でもフェミニストからもそれほどお叱りを受けていないようだし、全く得な
性分ですね。本作でも、明らかな学内セクハラやアカハラは横行で、文学系学会の内幕にはあきれます。なんだか自分が寛容な人間になったようにすら思え
るのは、敵のほうが一枚上手という事なのかもっ。
扱われているモデルについては、あまりにも明確すぎて気になるところも見受けられます。父の師・和泉城は「豚に歴史がありますか」のエピソードも含め、
皇国史観を鼓吹した平泉澄がモデルであり、長良が勤務する「水のアクア」はどうしても「水のク○タ」に見えてしまう。いや全く、国内物は詮索癖がつい出てしま
いますなー。それにしても戦時中の食い物手品の描写は実に見事。それだけでも一読の価値はありですね。