題名: 血族の物語(上下)
原題: The Kin
著者: ピーター・ディッキンソン
訳者: 斉藤健一
発行: ポプラ社 (2003/05/01)
価格: \3,200
==============================================================
耳を澄ませば「アフリカのイヴ」の歌声が聞こえてくる…。
【内容紹介】
舞台は20万年前のアフリカ大陸、自然は荒々しく気候も不順、火山の活動も激しかったころの物語。誕生したばかりの「人類」は血族ごとにまとまり、それぞれの信仰を持って暮らしていた。苛酷な環境では手先の器用さと知恵のみが頼りであり、肉体的に弱い彼らにとって住める場所も限られている。しかし移動手段は乏しくとも、食糧だけではなく他血族との血の混合を求め、彼らは良き地めざして冒険しなければならない。それは口承の形で言い伝えられる血の論理。さもなければ近親婚を繰り返し、部族は崩壊するだろう。
新しい「よき地」を求め旅を続ける「月のタカ」族から、砂漠を渡る直前に子どもたちが置き去りのようにして残された。「月のタカ」の声を聞くことのできる少女ノリ、勇敢な少年スーズ、口蓋裂で引っ込み思案だが賢い少女ティヌ、そして幼いコー。赤ん坊たちも引き連れて取り残された彼らは、はたして自分たちの力で生き延びることができるのか…。
【感想】
話は20万年前ですから、これはもはやSFとかファンタジーとか、まして歴史小説という枠では捉え切れません。人類は母なるアフリカから世界各地に散らばりつつあるころなのでしょう。おそらく「アフリカのイヴ」を祖先とした現生人類と、それ以前の原人類との対立という構図も著者の脳裏にはあったように思えます。
時代的には旧石器時代、部族によっては石器や銛などの道具のほか、火も言語も持っています。それらの知的「富」は遍在し、すでに部族間の格差も発生していました。とくに言語を操ることのできる部族は、語り部の話す伝説とともに、祖先の知恵、祖母の知恵を受け継ぐことができます。これに対し言語未獲得の部族は、共通の記憶を伝えられずに一定の土地から離れることが難しくなります。こうした不均衡から生じる戦争の萌芽の考察あたりは、なかなか考えさせられますね。古代ほど母系が強かったというのも頷ける話です。さらに「血族」は何より強い絆でありながら、同時に災厄の元でもあるのです。経験的に彼らは他者の血を入れなければ血が弱まることを知っています。
また、当時の「大地溝帯」は現在よりもはるかに活発でした。本書では火砕流のような火山活動の描写もリアルですし、アフリカでは実際に火口湖から過飽和状態だった二酸化炭素が一気に噴きこぼれ一村が全滅した事件もあり、それらを思い出させる記述など、想像力だけではなくかなりリサーチも伴っているように思えます。
…というような理屈っぽいことを考えてしまうのはオヤジ体質の旧弊でして、ここに描かれた古代の少年少女たちはそんな後知恵もなしにその苛酷な環境に放り出されてしまうのですね。頼れるものは勇気と知恵。しかし危機は飢えと乾きだけではありません。火山は爆発し、ヒョウや巨大鰐と言った猛獣たちも生きるためには必死です。究極のサバイバルですね。純粋に「生きること」に立ち向かい、次第に成長する彼らの姿には理屈抜きに手に汗握ってしまいます。そして、やはり重要なのは何よりも言葉。火の回りに集い、一日の自分の勇気を誇らしげに報告する彼らの姿は、実に凛々しく思えるのでした。