==============================================================
題名: 満洲国物語
原題: 偽満洲国
著者: 遅子建(Chi Zijian)
訳者: 孫 秀萍
発行: 河出書房新社 (2003/07/30)
価格: \4,400
==============================================================
いつかきっと帰ってみせる。老妻がきょうも外に出て、ぶつくさ言いながらわしを待っているはずじゃ。
【内容紹介】
1932年、日本軍は満洲全土を制圧し満洲国成立を宣言した。庶民にとっては日常生活を続けながらも、新しい支配者の顔をうかがい、新しくて古い「皇帝」にとまどう日々でもあった。抗日戦線に身を投ずる者もいれば、新時代到来と上手に立ち回る者もいる。また国籍人種を問わず、運命に苛まれる者も多かった。
奉天で質屋を営む王恩浩もその一人。息子の吉来は長春に暮らす父・亀背の王金堂に預けっぱなしで商売に精を出し、骨董好みの日本人ともつきあっている。だが妹の美蓮は炭鉱労働者への弾圧・平頂山事件で虐殺されるのだ。その事件の生き残り楊浩は糞拾いという食うや食わずの爺さんに助けられ、人には蔑まれる棺桶屋で働くことになる。あるいは元馬賊で抗日部隊にも入れず、女を攫ってオロチョン族集落に落ちのびた胡二。老若男女、みな今日の日を惜しむように恋をし、しかし時流には抗しきれずあるいは理不尽な暴力を受け、強制労働を強いられ、苦悩を背負って行く…。
【感想】
かつて中国東北地方に「建国」された人工国家満洲国。戦後中国では「偽満」と称され、研究対象として正面から扱うことも避ける風が残っていました。しかしその中でも人々の生活はなお続いており、また「侵略」の意識もなくただ土地が与えられるとの言葉を信じて入植した日本人にしても、様々な人間がいたはずです。1964年黒龍江省に生まれた著者は先入観を捨てて長期間のリサーチを行い、ひとつの小説作品として本書を完成させました。多様な民族・階層の登場人物が織りなす光と影、「傀儡」皇帝溥儀もけっして幸福ではなく欲望と歴史に踊らされ、また暴力に蹂躙された人々ですら時には小さな喜びに浸った一瞬があったことを教えてくれます。著者の眼は静かで、「生命」への愛しささえおぼえるほどに、人々の生活が丹念に描かれるのです。
例によって昔話になるけど、うちには戦前のグラフ雑誌に加え、小国民の愛読書「少年倶楽部」も残っていました。その記事の一つに「満洲国承認国は続々増えてゐます」とあって、「五族共和」の説明に添え、「満人」がニコニコとドイツ人やイタリア人、なぜかエルサルバドル人と握手している絵が載っていました。それもせいぜいわずか8カ国に過ぎず、その満洲国たるや現在の地図からは影も形もありません。一部ではいまだに石原完爾などを称揚する発言が見受けられますが「満洲国」の実態はこんなもので、所詮は軍人の浅知恵、侵略収奪経済から脱却できないばかりではなく、庶民の楽園にはなりえないものでした。「国」とは本来国民の相互安全保障機構であるにもかかわらず構成員の安全を保障するどころか、最初からソ連に対する防護壁として捨て石となるように定められていたのです。もっとも国民だって国威発揚、地図が赤く塗られて領土が増えるのには、少ク読者も含めて大いに喝采したみたいですけどね。
…なんてことはたいてい後知恵でして、たいていの庶民はおろおろしているうちに不幸な目に遭うのが落ち。狭い日本にゃ住み飽きた、おれも行くから君も行け、なんて言われたらわたくしだって乗ってしまったやも知れず。まったく道を過つ可能性は常に満ちているもんです。
本書はむしろそんな余計な先入観なしに読まれたほうが、素直に当時の空気に入り込むことができるかもしれません。少数民族の生活やヤンゴ踊りなどの習俗も珍しく、またペン画の挿絵が不思議にマッチしています。
しかし本書の登場人物、特に年寄りの女たちは元気ですわ〜。苛酷な話なのに暗くならないのは、その点に負っているのでしょう。