==============================================================
題名: 汝ふたたび故郷へ帰れず
著者: 飯嶋和一
発行: 小学館文庫 (2003/05/01)
価格: \590
==============================================================
【内容紹介】
おれの故郷は鹿児島トカラ列島の南端、「宝島」だ。新人王・日本ミドル級2位、新田駿一。そんな戦績をひっさげたところでボクシングで生活できるわけでもなく、今日もアルバイトに精を出す毎日だ。日本ではすでにロートル扱い、世界タイトルなんて誰が組んでくれる。いったいなんのために食いたいものも食わずにバカやってるのか。おれはある試合で、思わず本能的なパンチを出してしまったとき、引退を決意して故郷に帰った。そこで知ったものは、兄と慕っていた彦次の死と、なんのかのといいながらおれの最大の理解者だったジムの会長の訃報だった…。
ボクサーの内面にまで踏み込んだ迫真のボクシング小説、表題作『汝ふたたび故郷に帰れず』のほか『スピリチュアル・ペイン』『プロミストランド』を収録する著者唯一の短編集。
【感想】
わたくしが飯嶋氏の作品に接したのは、長編第一作に当たる『雷電本紀』(1994)が最初でした。時代小説としては一風変わったその独特の雰囲気に驚嘆したことを覚えています。この作品集はそれ以前に刊行された短編集がこのほど文庫化されたもので、なにしろ寡作な作家ですので、おそらくこれで発表されたものは全作品を読んだことになります。
ここに収録された作品はいずれも男性の一人称で語られ、ボクシング、美術、狩猟と言ったそれぞれまったく異なる世界でありながら、孤独で硬質な心情が昨今では珍しいほどオーソドックスに綴られます。ジャンル分けと作家の顔出しが好きな日本の「文壇」では、受け入れられにくい作家と言うことになるかも知れません。それでもわたくしが次回作を最も期待している作家の一人なのです。
『汝ふたたび故郷に帰れず』(1988)は「文藝賞」受賞作で、著者にとってはひとつの転機になった作品でしょう。挫折と再生というのは語り尽くされたテーマでありながらそれでも新鮮さを失わないのは、主人公新田のまわりに引き寄せられてくる男たちがみな個性的で「痛みを知っている」人間であるからでしょうか。老いぼれ犬と呼ばれるジム会長、白鳥、雇われセコンド、ワカダンナ、再生工場。彼らはいずれも揺れ動く新田に対し、「待つこと」ができるのです。時間を与えること、それは深い理解と、気恥ずかしい言葉で言えば「愛」がなければできません。むろん著者はそんな甘ったるい言葉は使いませんけどね。
『プロミストランド』(1983)は小説現代新人賞受賞作で著者のデビュー作になります。マタギをテーマとしていますが、以前からあったマタギもののように古いものにしがみつく老マタギの話ではなく、狩猟法違反で故郷を追われることになることを承知でシシ(熊)をブちたいという若い者の話になっています。大人たちはむしろあきらめと体制順応の中にいて、人間と自然の境界を決めるのは環境庁ではなく「そこに住む者」であると反抗するのは若者なのでした。
『スピリチュアル』(末期がん患者の霊的な痛み)は戦時中の供出軍馬をめぐる「ぽっぽや」ものですが単なる親子人情ものではなく、やはり「何かを探す若者」が描かれます。こうした若者の姿は氏の代表作である『始祖鳥記』にも見られたもので、一貫したテーマのようにも思えます。おそらくは、著者自身がまだ彷徨の中にあることを自覚しておられるのでしょうね。