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題名: 若き日の哀しみ
原題: Rani Jadi
著者: ダニロ・キシュ
訳者: 山崎佳代子
発行: 東京創元社 (1995/07/15)
価格: \1,500
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ダニロ・キシュは1935年旧ユーゴスラヴィア北部、ハンガリーにほど近いスポティアに生まれました。バルカンでもとりわけこの地区は多民族が混淆し、民族紛争の絶えない地域として知られています。さらに第二次大戦直前にはドイツ軍の進駐でユダヤ人の拘束も行われました。彼はユダヤ人の父、モンテネグロ人の母の間に生まれ、母の機転でセルビア正教徒として育てられたことで収容を免れたといいます。本書はこうした幼少体験を持つキシュの自伝的連作短編集で、全19編から成ります。なかには散文詩のような断章も含まれますが、いくつかのタイトルを順に追ってみましょう。
まずはプロローグがわりの「秋になって風が吹きはじめると」から始まり、幼い「遊び」、圧制の開始を見つめた「ポグロム(略奪)」は歴史用語にもなっています。「顔が赤くなる話」ではまだまだおねしょして、干し草の山の中でのユリアとの幼い恋を描く「婚約者」、「虱とり」は疎開児童らしくてなんとなく雰囲気がわかりますね。「きのこの話」これは危ないっす、「馬」はサルタンという軍馬の死を看取る兵隊たち、「ビロードのアルバムから」は一気に回想よりも年代記風となります。父が拉致され、母が独特の編み物をつくりそれが村人みんなに模倣されてしまうまで。そしてなによりも哀しい「少年と犬」、最後には本書初刊から15年後に書かれたエピローグ代わりの「風神の竪琴」が置かれるという構成。ちょっと駆け足すぎた?
物語の主人公の名はアンドレアス・サム。幼い頃の記憶をたどればマロニエの並木道、ベーム通り27番で暮らしていました。戦争が始まって何年かすると職を追われ窮乏した父は酒浸りとなり、アンディも近郊の農家で働き始めます。牝牛を追ったりする慣れない生活で、犬のディンゴだけが友達でした。ディンゴは少年の言うことならなんでもわかるのです。そしてアンディ少年がさらに遠くへ疎開するとき、犬はその車の後を追って走り始めます。
この回想の世界では、下級兵士や軍馬たちの哀しみも描かれます。強者のみが生き残る「戦争」においては、最も弱い者にしわ寄せが行きます。動物と子ども、そして本来は朴訥な農民だった兵士たちも、また虐待を受けているといえるでしょう。輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョトンボも鳥のうち。その姿は兵隊というより馬丁というほうが似合っています。どこの国であっても、百姓のおやじさんが赤紙一枚でひっぱられた戦争、そんな戦争がつい60年ほど前にあった。そして、今でもなおどこかで起きている…。
哀しみは永遠に続くのでしょうか。