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題名: ららら科學の子
著者: 矢作俊彦
発行: 文藝春秋 (2003/09/30)
価格: \1,800
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読む者に、その時間を回想させれば著者としては成功。これは一種のタイムカプセルか時限爆弾のような物語である。
【内容紹介】
空を越えて海の彼方…阿童木(アトム)は21世紀の申し子だ。新世紀の到来に先立つこと約30年、1968年の世界。パリ・カルチェラタンでは「五月革命」が叫ばれ、日本では全共闘運動が巻き起こり、中国では紅衛兵が大人を殴りつけていた。造反有理、大人たちは悪者。子どもたちは世直しに立ち上がる。
いっぱし学生運動家のつもりだった「彼」は紅衛兵運動を間近で見ないかとの誘いに乗り、中国に渡った。警官殺人未遂容疑で指名手配を受けた「極左」暴力学生としての彼は消え、以来30年、彼は中国の山村で畑を耕し続けた。妻が広州に出稼ぎに出たきりになったとき、彼は村にいる必然性のないことに気付く。そして、蛇頭の手によって日本に舞い戻った彼は、「浦島太郎」となっていた…。
【感想】
参戦を促すためにアメリカの国防長官が来ようが大統領が来ようが、現代の学生は実に静かなものだ。60年安保の時、当時の大統領アイゼンハワーの来日を阻止する契機となったハガチー秘書官事件。それ以来、米大統領は日本の学生が怖くて、ベトナム和平成立後の1974年まで来ることができなかったほどなのだ。ハナを引っかける価値もなかったということもあるか。
かつて「学生運動」とはそれほどまでに普通の現象だった。建学精神に共鳴したなどではなく、入りたいセクトがあるから東北の田舎から京都のD大を受ける馬鹿野郎もいた時代だ。ただ、セクトが孤立先鋭化するとともに学生運動も過激化し、一般学生から見捨てられ凋落して行く。
「全共闘」とは「全学共闘会議」の略称であり、極左過激集団の同義語ではない。学生運動=極左と定義されてしまったのは、新宿騒乱事件などの暴走行為や、赤軍派などの極めて一部の暴力集団を一般化して見せた公安およびマスコミの宣伝効果によるものが大きい。彼らはついでにあらゆる平和主義・市民運動を葬り去ろうとしている。その手法は政治的というか敵ながら天晴れというか。
「全学共闘」であるからには、本質的に意見の違いを乗り越えてすべての学生・さらには市民が連帯することを目指したはずだ。改革を望む学生たちは大学に安住せず街頭に出ては人々と討論し、あるいはニュースバリューもないデモをしていた。人々の耳目を集めるためには多少の「触法」はあっただろう。それにしても内閣総理大臣みずからが堂々と憲法を破る時代が来るとは予想していなかったに違いない。
安保条約が集団的自衛権の表明などとは言わせない。安保条約を締結した岸信介さえも実質はともかく建前上「軍事同盟ではない」と明言し、あとに続く政治家も軒並み否定していた。主であるはずの「民」は、それを否定させるだけの力を有していた。それが欺瞞であることは承知の上、少なくとも国としての参戦を阻止するだけの力はあった。政治家の最大の仕事は「戦争をしないこと」であるという良識もまだあったのだ。しかしこれらの言葉は忘却の彼方、文字に書かれた記録のみが残る。そしてバブルのような30年が過ぎ去る。
この物語は、行方不明から戻り「浦島太郎」となった兄、それを待ち続けた妹というセンチメンタルな配置で、きわめてオーソドックスに1970年代から現代までを駆け足で俯瞰する。ハイジャックで北朝鮮に渡ったというような大事件の主人公ではなく、歴史の狭間に忘れ去られたような一学生。同時代の指標は、ついに電話でしか登場しない旧友志垣であり、30年後、騒乱の舞台ではなく歓楽の象徴、現代の新宿を泳ぐのはその部下で彼の面倒を見るコスモポリタン傑(ジェイ)である。映画と野球と言った大衆娯楽が効果的なフラッシュバックを展開する。30年、ほとんど島流し状態だった彼と、バブルにまみれていたわれわれとどっちが幸せだったのか。そのどちらに対しても批判的になれないのは、それこそ21世紀的と言うべきか。
こうして読者は物語に触発、あるいは挑発され、それなりの回想が「感想」となるだろう。その時間を共有しなかった若い読者が何を考えるか、そこは興味のあるところだ。