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題名:  ロシア美人
原題:  A Russian Beauty and Other Stories
著者:  ウラジーミル・ナボコフ
訳者:  北山克彦
発行:  新潮社 (1994/07/25)
価格:  \2,500
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 本書はもともと著者の欧州滞在時代、ロシア語によりベルリン(1923-37)あるいはパリ(1937-40)で書かれ亡命ロシア人の定期刊行物等に掲載された作品群を、アメリカ移住後に主として息子ドミートリーが作者とともに英語に訳したものです。第一短編集「ナボコフの1ダース」同様、ロシアのパン屋が量目不足を訴えられることをおそれて一袋に13個入れたという故事にちなみ、13編を収録しています。異境で暮らすロシア人の姿を描いた作品が多いのですが、時折毛色の変わった物も混じっていて著者の遊び心が伝わってまいります。
 
 表題作「ロシア美人」は、1900年に何の苦労もない貴族の家に生まれた女性を描きます。当時のロシア人ならその生年と境遇を提示されただけで、ああ、と溜息を洩らしたでしょうね。1919年、彼女は一人前の美しい「レディ」であり、そしてロシアを離れベルリンで暮らしています。よくある話さ。そのさりげない語り口に悲哀がにじみます。彼女は美しいままに貧しく、しかし誇り高く年を取っていきます。その姿は一種の唐突ささえ覚える女の一生であり運命の残酷さなのですが、その残酷さを甘受せねばならない存在としての人間がさりげなく描かれます。
 
「レオナルド」はさらに残酷な話です。舞台はやはりベルリン。グスタフとアントンの兄弟が住む隣の部屋に、ロシア人ロマントフスキイが越してきます。兄弟はその存在がなんとなく神経に障って仕方ありません。彼が常に障壁を置いていることが、こちらを見下しているようにすら思えるのです。いらだつ兄弟の心理と、二人を避けようとするロマントフスキイの心理がせめぎあいます。しかしその彼の正体は、驚くべきものでした。
 
「もたらされた報せ」は亡命者の老未亡人に、息子が労災事故で死んだ話をどう切り出すか、友人たちがああでもないこうでもないと言い合います。これもまたブラックユーモアさえ感じる残酷さですね。チェーホフを思わせつつ、さらに容赦がありません。
 
「唇と唇」はかなりシニカルだけど、それだけにありそうな話です。傑作小説を書き上げた亡命者の資産家(亡命先で事業に成功した人もいたのだ)は、その小説を掲載してくれる亡命者評論誌を紹介され…。このころ、小説家としての著者自身をどこかで嘲笑しているもうひとつの自分がいたのかも知れません。いや、ナボコフ先生はそれほど謙虚ではないかな。
 
「博物館への訪問」はいわゆる「カフカ的悪夢」というか、それよりも不条理的脱線度が激しい一種のコメディとも取れます。友人に頼まれ、モンティセールの博物館にあるはずの彼に由来する肖像画をみつけ、いざ買い取ろうとすると、突然脱線迷宮状態となってしまいます。館長はそんなものは目録にないと言い張るし、実地に見ようとすると団体客どもが騒ぎ出すし、いつの間にか館内で道に迷うし、どうしても目的が目の前に見えているのにもかかわらず果たせないのです。
 
「ポテト・エルフ」はもちろん「じゃがいもの精」の意味です。サーカス団のこびとのフレッドは剽軽にふるまいながらも孤独な日々、やがて雇われた手品師のショック氏と友人になりますが、その妻ノーラの「間違った同情」を愛と思いこんで…。本書の中で唯一の「恋愛小説」とも言えるでしょう。このせつない世界はロリータへの一途さを想起させます。
 
 そのほか、娘のところにボーイフレンドが来た日の父を描く「動かぬ煙」、赤軍兵士を523人自分の手で殺したことを自慢しているような元騎兵と決闘する羽目に陥った男の話「決闘」、探検家の話らしい「未知の地」、旅のセールスマンのアバンチュール「さっそうとした男」、難解な会話劇「世界の果て」、長編の章として用意されたらしい「ひとりぼっちの王様」を収録します。幻のような一時期にこだわる方のために、かな。


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