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題名: サラマンダー ―無限の書―
原題: Salamander
著者: トマス・ウォートン
訳者: 宇佐川晶子
発行: 早川書房 (2003/08/31)
価格: \2,400
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本とは無限世界への入口に他なりません。あなたはそこに何を見つけるでしょう。
【内容紹介】
1759年、英軍の包囲下に陥落寸前のケベック市内を巡察中のフランス軍中佐ブーゲンヴィルは、砲撃で破壊された本屋に若い女がひとりいるのを見つけた。不審に思う中佐に彼女は、ある一冊の本の話を始める。それは無限に続く迷路のような書物世界に続く道だった。
話は彼女の生まれる以前、オスマントルコ軍との戦闘にあけくれるスロヴァキアに始まる。一人の印刷職人が、ロンドンから招聘された。息子ルートヴィヒを17歳にして戦死させたオストロフ伯爵は、残された娘イレーナとともに居城をパズル化することに生き甲斐を見出していた。珍本制作者として知られつつあったニコラス・フラッドは、スロヴァキアの地において世界初となる「無限の本」を制作することを依頼されたのだ。彼の助手として付けられたのは、死んだ息子に似せて創られた自動人形のルートヴィヒ、生まれも定かではないが数カ国語に堪能な9歳の少年ジンの二人。もちろん、伯爵の娘イレーナも協力を惜しまなかった…。
【感想】
かつて人々は「本」というものに対し、さまざまな思い入れを抱いてきました。その思いは読者はもとより、そこに記される物語や思想を創造する者に強く現れ、ひいては、紙、インクあるいは墨、印刷、製本、そうした本の製作に携わる人々にも工芸と同様の情熱が感じられます。それらの人々にとって本とは、奇蹟を起こしうる畏敬の対象ですらあったようにも思えます。
この物語に現れるニコラスは、親譲りの工房を持ち、珍本界で名を上げつつあったとは言え一介の印刷職人に過ぎません。このまま無事にロンドンで仕事を続けていれば、その仕事は好事家達に珍重されながらも平凡な一生を送ったことでしょう。自分を地下を這いずり回る山椒魚=サラマンダーに喩えるように、決して表舞台には登場せずにひっそりと。
しかし、彼の情熱は、遠くスロヴァキアの奇人貴族と共鳴してしまいます。ニコラスもまた何かに捕らわれていた人間だったのでしょうね。彼には天然痘で喪った妹のイメージが常について回ります。そうした「死」からの解放を書物が与えてくれるとでも思いこんだかのように、彼は至福と苦悩をめざして不思議な船に乗せられます。
その貴族・オストロフ伯爵の城は、それ自体がオートマトンのごときカラクリに満ち、また実際に亡き息子に似せた自動人形が当然のような顔で現れるという場所でした。それはまさに職人にとっては理想の場所、材料も時間もすべて思いのままに使うことができるのです。しかし彼は城のカラクリ仕掛けの寝室に導かれたように、本以外の情熱を知ってしまいます。彼は文字通り生涯を賭けた恋に落ち、その報いとして11年に及ぶ虜囚生活を送ることになります。暗黒の中で彼がなしたことは、想像の印刷機で想像の本を作ることでした。
やがて日の光のもとに現れた彼は、娘と名乗るパイカとともに、妄想のガリヴァーを思わせるような美しくも悪夢の世界一周に出発します。彼を閉じこめた伯爵もすでに死に、負債で城も土地も売却されたというのに、「無限の書」という呪縛は続きます。彼の人生はその一事に収斂され、いまさらやめるわけにはいかないのです。ここに挿入されるハヌマーン伝説を始めとするふしぎなエピソードたち。神父、未亡人、女海賊の独白。それらの創作・伝説・神話を含めて「無限の書」は次第に姿を現そうとします。やがて液体金属で構成された活字組版の表面はそよそよとそよぎ、その中では時間すらも凍ることでしょう。いかにも本は時間をとどめるものよ。前半と後半、かように趣を変えつつ、これは書物の快楽を再認識させてくれる物語です。