題名: サマルカンド年代記 「ルバイヤート」秘本を求めて
原題: Samarcande
著者: アミン・マアルーフ
訳者: 牟田口義郎
発行: リブロポート (1990/03/25)
価格: \2,200
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太西洋の底に、世界でただ一冊の本がある。その話をこれから語りたい。
【内容紹介】
時は11世紀、中央アジアの中心都市サマルカンド。ここに西方ペルシャから、若き学者が訪れた。厳格と思われる中世イスラム圏に生きながら、酒と美女を読んだ詩集『ルバイヤート』を残したオマル・ハイヤーム、その人である。彼は本来天才的な天文学者・数学者であり、彼の書くルバーイ(四行詩)は当初あくまで気晴らし、あるいは余技に過ぎなかった。当時この地を治めるのは、中東の覇者セルジュク・トルコと縁組みしたナーセル・ハン。再び東進を開始したセルジュクとの講和の席にはオマルも列し、セルジュクの名宰相ニザーム=ム=ムルクの知遇を得るとともに、のちにかの「アサシン教団」を創始することになるハサン・サッバーフとも友人となった。
オマルはサマルカンドで贈られた貴重な中国紙の白い本に、ルバーイだけではなくそれら事績の覚え書きを書き込み続ける。「サマルカンド手稿本」、それはオマル肉筆、この世にたった一冊の本だった。手稿本は13世紀に至り世界を席巻したモンゴル軍の蹄の下、猛火に消えたかと思われていた。それが再び世に現れたのは19世紀末から20世紀初頭、列強の侵略におののき、暗殺、革命とクーデターに揺れるテヘランだった…。
【感想】
エキゾチズムに満ちた感興を喚起する響き、サマルカンド。その都市はアフガニスタンの北方、現在のウズベキスタンに位置します。古くより東西交流の中継地として栄え、さまざまな民族と宗教がこの地を通り過ぎて行きました。11世紀まだ東西を結ぶ隊商の行き交うころ、オマル=ハイヤームの見たこの地は、学者である彼の好奇心を刺激し続けます。
学者詩人はこの地で、のちに妻となる女性詩人ジャハーンに出会います。学問と良心のためには清貧をいとわないオマルに対し、やがてハンの妃に仕えるジャハーンは、現世権力の清濁をあわせ飲む女性です。ふたりの仲は公然の秘密であり、オマルの詞藻もまたこの愛によってふくらみます。
「愛人といて ハイヤーム なんと孤独だったか/別離のあとでその胸に住めるというのか」
遠い遠いかの地、中国からもペルシャからもヨーロッパからも離れた世界史の十字路サマルカンド。オマルがみずから書き記した愛の言葉たちは、戦乱の中でいつしか行方不明となります。彼自身は不滅を願ったことはなく、彼の最大の理解者が政治家であり、親友は暗殺教団の主であったのも彼の責任ではありません。力の衝突と運命に翻弄されるのが彼と彼の著した書の定め、そしてその手稿本は19世紀末に忽然と世に現れます。
本書は二部構成となっており、後編においては「オマル」をミドルネーム持つフランス系アメリカ人男性ルサージが主人公となります。彼は本来歴史学者ではないのですが、見えぬ手に導かれるように激動の近代イランに飛び込みます。列強の侵略にあえぐ中東・アジア諸国、人民は「なぜ日本のミカドは助けに来ないのか」とさえ囁いている状況でした。残念ながら日本は列強に伍することしか頭になかったのですけど。
昔はレーニンや孫文をはじめ「革命家」という職業の人物が世界中にいました。今だったらゴロツキのテロリストと一把ひとからげにされてしまうところですが、憂国の情熱と、内政に干渉しようとする外国の思惑との綱渡りを平然とこなす連中ですね。
ルサージはイラン革命の精神的指導者ジャマールディーンの知遇を得たことで、イラン王室のシーリーン内親王とも知り合い、とうとう伝説の「サマルカンド手稿本」を手に取ることが出来ます。皇族とは言えペルシャの女性は本来情熱的、恋人同士となったシーリーンとルサージは革命下のイランから脱出し、アメリカに向かおうとするのですが…。
虚実綯い交ぜの中で、読者はいつしか物語の世界・幻の書物の世界に没入します。11世紀から20世紀まで一気に飛ぶ時間旅行、それは本だけが歴史をとどめうるのだという著者の大見得でしょう。また、イスラムの「眼には眼を」的残虐さを期待するむきは、人々がはるかに洗練されていることに驚くのではないでしょうか。 じっくり歴史を調べながらでも、手に汗握り一気読みでも、どちらにしても満足させてくれる好著。「ちくま学術文庫」でも復刊されています。