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題名:  酒国 特捜検事丁鈎児(ジャック)の冒険
原題:  Jiuguo
著者:  莫言
訳者:  藤井省三
発行:  岩波書店 (1996/10/25)
価格:  \2,800
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究極の美食は背徳に通ず。「酒国市」とは、混迷の現代中国そのものである。
【内容紹介】
 開放政策の中で幹部の富裕化が進む炭鉱都市酒国市。この街では、たいていの美食を味わい尽くした幹部連中が、「肉童」と称して男の赤ちゃんを調理し隠れた名物料理としているという。たれ込みを受けて、敏腕特捜検事・通称ジャックこと丁鈎児が捜査に赴いた。しかし彼を待ちかまえていたのは酒色の罠、その仕上げはもちろん「肉童料理」だった。
 丁鈎児のはちゃめちゃボイルド捜査小説と、酒国市醸造大学大学院生が作家莫言に宛てた手紙に書かれた狂気の「創作」とが二重螺旋状に紡ぎ上げられる、グロテスクと哄笑の背徳的美食の黒世界。
【感想】
 いやはやのびっくり作品ですねー。いかに開放政策下とはいえ、こんなに言っても大丈夫かと思えるほどの、中国社会に対する痛烈な批判風刺の書です。しかもその描写は彼特有の「魔術的リアリズム」。なにしろこの言葉も、荒唐無稽の挿話の後に皮肉たっぷりにみずから標榜しているわけで、「へん、評論家が中国のガルシア=マルケスだとか何とか名付けようとも、オレはオレっ」という著者の鼻息も聞こえそうなところですね。たとえば、「一見」男の赤ちゃんとしか見えないその料理、描写だけでも食欲が湧いたりして。つやつやぱりぱりとジューシィに焼き上げられた赤ちゃん、ぴんととがったおちんちんに箸を付けてみたくならないかね? その瞬間、読者の負け、あなたも欲望の権化と変わりはしない…と言う後ろめたさも降りかかり、やっぱりこの著者、ただ者ではない。もちろん「人を食う話」が魯迅『狂人日記』を想起させることは承知の上、あるいはわが子を蒸して王に献じた易牙の故事も引きつつ中国伝統の味を、せせら笑いつつも披露に及びます。
 ここで暴かれるのは、「自主経営」に名を借りた現実的拝金主義、それからこれは何度革命起こしても治らない数千年つづく権威主義、ついでにかの一人っ子政策も含まれますね。黒孩子と言ったか、戸籍に現れない子ね、かの国にはこれが数億単位で存在するそうな。そりゃもう、食ってしまったと同じことですね。一方では一人っ子はわがままいっぱい小皇帝としてふんぞりかえり、数十年後が思いやられます。なに、日本にも「空疎な小皇帝」は上から下まで溢れかえっているから、偉そうなことは言えませんけど。
 すみずみまではびこる権威主義は官僚だけではなく、文人にも及びます。メインテーマの「J=丁鈎」の冒険と交互に挿入される、博士課程院生・李一斗のぐちぐち及び創作短編が、また独特の幻想というよりは独りよがりに描かれてしまい、有名作家として顔を出す莫言に取り入ろうとする姿がまたカリカチュアのカリカチュア、まさに爆笑もののその姿も結局は組織の中で自己を見失う個人、すなわちあなたなのだ。そう、この作品についてはガルシア=マルケスよりも、スラップスティックのカフカ、反官僚・反権威が色濃く感じられたのでした。
 それにしても李賀「老夫採玉歌」をも思わせる「ツバメの巣」を取る挿話、どうも記憶の片隅にあるような気がするのですが…。


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