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題名: 静かな大地
著者: 池澤夏樹
発行: 朝日新聞社 (2003/09/30)
価格: \2,300
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今はみないなくなった。山に木はなく、川には鮭はなく、山には鹿はなく、狼もなく、アイヌもいない。
【内容紹介】
淡路稲田藩は万石を数えながらも身分上は阿波蜂須賀家の臣であった。陪臣を差別する新政府の冷遇は旧態と変わらず、彼らは藩をあげて北海道静内へ入植することを命じられた。不満と不安におののく大人たちをよそに、子どもたちはまだ見ぬ新天地に憧れに近い感情を抱いていた。宗形家の三郎・志郎の兄弟は特に好奇心旺盛で、同郷人たちの無言の非難を尻目にアイヌ通事勉蔵やアイヌの少年オシアンクルと親交を結び、子どもたちに混じって炉辺で年寄りの話を聞くまでになった。やがて三郎は札幌に学び、アメリカ流の農学・畜産をアイヌたちと力を合わせて静内に根付かせることを夢見るのだった…。
【感想】
ああ、哀しいですね。この小説は朝日新聞に連載されているときからほぼ欠かさず読んでおり、従ってその結末も承知していました。単行本化とともに読み返したことになりますが、やはり哀しみに変わりがあるはずもありません。人の業の哀しみ、欲を持つことの哀しみ。――人は自分とすこし形の違った人を見下して、奪って、そうしなければ生きていけないとでも言うように、無知のままあやまちを繰り返し続けます。
新政府は蝦夷地の持つ資源だけではなくロシアに対する戦略的な位置に気づき、領有を宣言します。同時にアイヌたちは「日本人」に組み入れられ、名前を二つ持たせられます。姓氏改名・創氏改名は支配者にとってお手の物の手段です。通事勉蔵ことトゥキアンテ、五郎ことオシアンクル。もっとも少女エカリアンは、みずから和人の名を選び取ることになるのですが。
こうして民族固有の「文化」は音立てて崩壊を始めます。ごくごくささやかな「民族」の消滅、世界各地にその例は枚挙に暇もないほどですね。それにこだわるのは感傷にすぎず、少数民族も多数に同化され、金銭的に潤った方が幸福なのだ。「強者」の持つその傲慢さ、鈍感さ、そしてなおかつ重大な誤謬と自己正当化。現代とても人類はそこから一歩も進歩していません。
宗形三郎、生まれついてリーダーシップに恵まれた彼はこの地に理想郷を作ることを夢み、また実際に軌道に乗せるまでに至ります。皆が額に汗して働き、働きに応じて報酬を得る。宗形牧場においては労働は神聖であり、すなわち生きる喜びでもありました。流れ者にも等しい砂金掘りの目で見た最盛期の牧場が、どれほど輝いて描かれるか。だが、それは世間の嫉みを呼び寄せます。欲に支配された者にとっては、牧場が産み出す「富」しか目に入らないのです。
アイヌたちにとって、大地とは糧を与えてくれる恵みの神、アイヌモシリ(人の住む静かなる大地)であり、そこでは人ばかりではなく熊も鹿も公平に育まれます。たとえば大地を耕し、輸入種の馬を飼うことさえ、神に対する一種の挑戦とも言えるでしょう。三郎が学んだアメリカ流の開拓精神は同時に征服精神にもつながります。三郎は、持ち前の明るさとアイヌに対する信頼とでその二つの折り合いをつけることに成功しかけたのです。
だが、はたしてそれは「成功」だったのか。
宗形牧場の大地を駆けていた精悍な馬たちは軍馬として珍重され、にわかに徴兵されたアイヌたちともども戦争の道具となり、やがて宗形牧場にもその報いのように暗い影がきざしはじめ…。