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題名: トリストラム・シャンディ
原題: The Life and Opinions of Tristram Shandy,Gentleman
著者: ロレンス・スターン
訳者: 朱牟田夏雄
発行: 岩波文庫 (1969/07/16)
価格: \840
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ナンセンスにして緻密な計算に裏打ちされた英文学史上燦然と輝く「奇書」。
【内容紹介】
そもそも本書の原題は「紳士トリストラム・シャンディの生活と意見」でありトリストラム氏自身が語る人生論のはずなのであるが、そのトリストラム氏たるやなかなか生まれないのだった。なにしろ自分の懐胎の瞬間から筆を起こしはじめるのだからその迂遠なることおびただしい。
「あなた、時計を巻くのをお忘れになったのではなくて」
氏の受胎はベッドの上で母がその言葉を発した瞬間に完成したのだった。ならばその過程を綿密に描写するかというとさにあらず、父と母は如何にして産院ではなくて自宅で出産することを選択したかとか男性医師ではなくて産婆にしたかとか、その程度ならともかく、例によって理屈坊主は出てきてまぜっかえす、退役軍人の叔父さんはあくまで謹厳すぎて話の道を逸らすの脱線ぶり。
ま、手に汗握る冒険譚とか怪奇譚とか、そういうものにはちょいと食傷した方、のんびり昔のイギリスを逍遙したい方のための「物語」です。
【感想】
なるほど、漱石「猫」のルーツがこの書にあるというのも納得できますね。「鼻子」の原形とおぼしきキャラや、迷亭の怪しいペダントリーを連想させる古典引用もふんだんに出てきます。そうした意味では間接的な懐かしささえ感じたりして。
原書は1760年から順次出版されたらしいので、日本で言えば馬琴よりやや前、山東京伝ころの時代になりましょうか。洋の東西を問わず庶民階級に読書人も増えたころで、需要に応えたものか洒落本・滑稽本の風味も備えていますが、登場する人物はかなり個性的です。中でも「ドン・キホーテ」にも似た、直情にしてあくまで真面目な退役軍人・トウビー叔父と、サンチョ・パンサに相当するその忠実な従卒トリム伍長の掛け合いが主軸となっているように思えます。このトウビー叔父はなかなか魅力的な人物で、一見戦争マニアとも見えて築城術に凝ったあげくついにトリムと二人で戦争ごっこに励んでしまいます。まあわたくしもサバゲーに励んでいる怪しい自衛隊員を知っているからその程度は別に普通なのかもしれませんが、こちらは批判精神もしっかり備えているところはオトナです。ただし、もちろん恋に関してはまるで奥手。トリストラム氏は愛すべきこの人物を語るに熱心で、むしろやや影が薄いとも言えるでしょう。
すでに一方では処世的マジメ文学も発生していたものとみえ、それらを笑いのめす著者のパロディ精神はきわめて先鋭的にしてユニークです。墨絵流しやストーリーライン(うねうねの線なんだけど、これは一見に如かず)などの新機軸は後世の者も模倣するわけにもいかず先達の特権として名を残すことになります。もっとも「奇書」とは言え鬼面人を驚かすのはこの程度、書かれた内容は至極マジメとも言えます。
残念なことは現在入手はかなり困難なことで、わたくしは黄変した岩波文庫の古本で読みましたが、特に淑女にあってはそれも似つかわしからず、ぜひ重版をお願いしたいところですね。
↓「マーブル流し」のページ。原著は極彩色らしい。

↓漱石にも大受けだったという、トリストラム氏がみずからの脱線ぶりを弁明する「ストーリーライン」(一部)。