題名: 冬かぞえ
原題: Winter Count
著者: バリー・ロペス
訳者: 菅原克也
発行: パピルス (1995/05/17)
価格: \2,200
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「物語というものは君たちが聞いたとおりにしか語りようのないものなんだ。作り物にしてはいけない」
【内容紹介】
アメリカ先住民は、一年間の部族の物語を口承で次代に伝え、それを「冬かぞえ」と呼びます。そこからは、つらい冬を凍えずになんとか過ごしたという安堵感とともに、火の廻りでそれぞれの身に起きたことを語り合う家族や部族の人々の姿や笑顔をも感じ取ることができます。歴史学者たちはその口承伝説を採取し、年代を同定し、事象をならべて「新大陸発見」以前の北米史を「研究」したと称します。しかし「冬かぞえ」は部族の数、家族の数ほど存在し、また語り手の顔と声なくしてはほとんど無意味なものとなってしまうことでしょう。それは論文に書かれた文字では想像が及ばぬ世界に違いありません。
表題作のタイトルでもある『冬かぞえ』Winter Countとは耳慣れない言葉ですが、このような意味が込められていることを思えば、著者の立場は自ずから明らかです。本書には、自然に根ざしたルポライターとして名高い著者の、エッセイとも小説ともとれる短い作品9編が収録されています。
「修復」は本の修復をする初老の男の「仕事」を描きます。彼に「わたし」が出会ったのは1974年夏、合衆国北西部に実在する、かつて19世紀フランス貴族が建てた屋敷でのことでした。彼は屋敷内に残された当時の書籍の虫食いの穴を埋め、傷んだ背表紙を修理し、型押しの文字に金箔を入れ直します。こうしてきっちりとプレス製本され生まれ変わった本からは、書籍という魔法に属する物体に対する愛着が感じ取れるほど。故国を離れてこの屋敷に住み、これらの書籍を読んだであろうルネ・ド・クルニールとはどんな男だったのか。職人気質の男と、屋敷を覗きにきたツァー観光客との対比が鮮やかな印象をもたらします。
「太陽系儀」はネイチャーというよりは「超自然」に誘われる作品。カリフォルニアの熱風は悪名高いサンタ・アナ。しかし一歩ロッキーに近づいたアリゾナ北部ソノーラでは、人を酔わせるような風が吹きわたります。ここで「わたし」は、日干し煉瓦の小屋に住む男と出会います。彼は気さくだが、誰からも邪魔されたくないと思っている種類の人間でした。わたしの父が発見した新種のサボテンを、彼は気鬱の薬として以前から使っていたという話からコーヒーの鮮度を保つ方法に発展し、ある秘密を見せてくれるのでした。
「タペストリー」の舞台はプラド美術館に飛びます。「わたし」の父はスペインからの移民であり、父の死後、わたしがその係累と会うためにマドリッドに行ったときのこと。一種の蒐集家であった祖父は、叔父にタペストリーを遺贈していたのですが、彼はそれをプラドに寄贈したというのです。一家に関わりある作品だからということで、美術館の学芸員であり父の友人でもあった男は、その歴史資料を探し出してくれるのですが…。「近しさの予感が本当のものであってほしいと願うとき、胸の裡に湧き上がる涙の感触」を感じつつ、自分のルーツと、そこから脱却した自由な一個人としての認識を得る瞬間を描きます。
「川の在りか」1844年6月、精神を病んだ歴史学者フォスターは、研究資料を全て川に投げ捨てたといいます。その前年、彼は「ニオブララ川の一部が消滅した」との話を聞きつけ、伝承の発生する瞬間を見つけたと確信していたにもかかわらず。彼の心の中で何が壊れたのか。白人と先住民の間に身を置き、ついに自己を見失った男の悲痛な生き方を描きます。
このほか、本集中唯一と言って良い正面から恋愛を描いた作品「貝殻を持つ女」はじめ「冬の鷺」「バッファロー」「ことばを愛した男」を収録。いずれも心に余韻を残す作品と言えるでしょう。