=====================================
題名: ズボンをはいたロバ
原題: L'Ane Culotte
著者: アンリ・ボスコ
訳者: 多田智満子
発行: 晶文社 (1977/06/25)
価格: \1,505
=====================================
ぼくは彼女に触れる勇気がなかった、その震える身体が怖かった…。
【内容紹介】
シプリアンさんが人里離れた「上野平」ベル・テュイルにやって来たのはいつのことだったろう。元船乗りで一財産こさえて隠遁したということだけど、山里にひとり住み着いて、買い物にはメモとお金を結びつけられたロバが降りてくるばかり。しかも冬が近づき寒くなったら、なんとそのロバはまるで人間と話ができるとでも言うように前脚にはズボンをはいてきたのだ。
そのロバは人の気持ちがわかるのか、ぼくが遠望するベル・テュイルに対して生命力を感じ、あこがれを抱いていることを知ると、背中に乗るよう促すのだった。ぼくはおじいさま、おばあさま、女中のペギノットの目を盗んでベル・テュイルを訪れた。それを知っているのは、おばあさまが引き取った小さな孤児の女の子イヤサントだけだった…。
【感想】
題名やシチュエーションはいかにもメルヘン風のお膳立てですが、内容はかなりシリアスと言えます。ズボン――それも原題ではキュロットなのですが、そんなものをはいて大きな目でぼくを見つめるロバ。その飼い主もきっと優しくて夢見るタイプの人物に違いないと誰しもが思うことでしょう。事実ぼくがロバに連れられてきたその場所は、地上の楽園のように花が咲き誇り、大トカゲをはじめさまざまな動物たちが互い恐れることなく暮らしています。地上に再現されたエデンの園とも見まごうばかり。しかもその主はどこか不思議な雰囲気を漂わせる、一見やさしそうな老人でした。
ところがその楽園には、どこかに敵が潜んでいるらしく、主であるシプリアンは時折ハッとするほど厳しい表情を見せるのでした。村人たちは突然別荘地に住み着いたよそ者を警戒しますが、どうやら彼の過去は、村の司祭、シシャンブル神父だけが知っているらしいのです。神父は「ロバスケにはやさしくしておあげ」というばかり。そこには何か秘密があるに違いない。
ぼくだけではなく、おばあさまの引き取った孤児イヤサントもまたその「場」の磁力を感じています。しかしぼくはイヤサントを信頼し、行動をともにすべきかどうかもわからず、うろうろと大人の言いつけに従ってしまうのです。ふたりがおそらくは似ていたことや、愛してさえいたことに気付くのは、まだまだ先のことなのです。
表面に見える楽園とは、同時にまた誘惑者を呼び寄せ、冒涜への道を秘めているものなのでしょう。南仏田園幻想曲を装いつつ、すべてのものは見たままではないとでも言うような辛辣さを秘めており、単純な勧善懲悪や幼なじみ恋愛ファンタジーではない、苦さが残る物語と言えます。
それにしてもこのイヤサント、「ぼく」の扱いは歴然と差がついていますね。「養女」としてではなく、最初から家族とは違う身分として養うというあたりが戦争や疫病のたびに大量の孤児が発生したヨーロッパらしく、妙に現実的とも思えます。