K20
− Kの20歳の誕生日に −
 
         しののめ源介
 
 
充血した緊張に
すかせば
幸福の垢ににぶくひかる
時代ものの柱時計よ
 
静寂に砥がれて
振り子がそっけなく
すべてのものの一番うすい皮膚を
刻んでゆくとき
バラドキシカルな血の匂いに
ひきつった叫びは
時間を告げる意味より先に
噴き出す
 




 
<ああ だからぼくを……
<ぼくを誰も 許そうとするな
 




 
健康な嘘のように
はぐくまれて
手のひらは時間さえも
つかみ得た
−−と
 




 
ささやきすぎる風に
ふりかえると
始まりは青い空のあたりに
ぽっかり浮かんでいる
 
快活なまぶしさを
照り返しあった
手鏡があのときのまま
ひび割れているだろうか
 
澄んでふと
罪の匂いのしそうな
ひとみがあのときのまま
みつめているだろうか
 
それなのにまだ
語り合うに自由な 通じ合うに充分な
言葉があるかのように
それを証しだてするかのように
季節のない太陽に乱反射しながら
電話線は道に沿って
うねうね続いている
 




 
あるいた。
一歩。
千歩万歩への一歩ではなく。
一歩の次の一歩を踏み出す。
一歩。
 




 
市販の三角定規二枚を操作するだけ
で実に十種以上の角度がとれるその
上に直線さえ引けるけれど欲する線
の大よそは曲線でありそれも凹凸に
とんだ曲線の組み合わせであり……
 




 
足の歩き方と
頭の歩き方と
 
速度を何で測ろう
方向を何で確かめよう
 




 
埃にまみれた
身体をみまわすと その時
いわれのない激しさで
ああ夕立だ
 





とつぜん
とんでもない
幕があがると
地震雷火事親父
裂けて砕けて破れて散って
うらみつらみをあげつらね
まだかまだかの観客に
諸行無常の風なお強く
汗水たらし冷水たらし
最後の一句は
知ったことかと出演者
どうした小道具
今さらなおさら
小言いっても大道具
幕ひけやれひけ
 
ああ それなのに
それだから
拍手している
 
はっ
演出者
 




10
 
怒りをふくんだやましさに
…………Kよ
すべては憎むに足りない
 




11
 
<ああ だから−−
<ためらいが匂うようなひとへ
 




12
 
出会いは用意されていた
 
恥じらって
形容詞もなく
呼びあう名前たちよ
 
きみたちの唇では支えきれない
ほほえみのおくの
逃れられない予感の重さを
忘れることは
罪だろうか
 
発音記号がよみがえり
鼓動し
血さえ流すという
時のない驚愕のまえで
 
似合いすぎると
責めるには
すべてがあまりに豊かな
花曇りの空のした
 
出会いは理由もなく
用意されていた
 




13
 
思い出に思い出をかさね
きみたちは
その思い出を
ぬけてきたのではなかったか
 
涙をぬぐいあう
手のひらを持たない
きみたちは
それだけではない
舞い上がるほこりのため以外に
ながす涙もなく
失ったものと得たものを
くらべようにも
きみたちは
けばけばしい疑問符に飾られた
そのはかりを
最初に捨てたのではなかったか
 
昨日ではなく
明日でもなく
今日からすら遠い
この時だけを歩いてきた
きみたちは
孤独でさえなかったのではなかったか
 




14
 
きみたちの会話のかたわらで
秋が鳴っています
 
むこうの山に
初雪が降ったことを
知っているにしては
きみたちの歯は
気になるほど透明だ
けれど
 




15
 
凍傷した
筋肉が夜にむかって
弛緩するとき
 
すり足で
愛は近づきまた遠のき……
 
鋭角のわらいが
鼓膜の奥深く
明日の曇りガラスに
響鳴する
 




16
 
からだからだから
身体、殻だ。空?
 




17
 
醒めると知って
夢を見るのは悪くない
 
失うことによって保たれていた
時代が過ぎ去ったとしても
 
風のまえと知って
塵になるのは悪くない
 




18
 
明るかったり暗かったりする
便所の時期をとおりこして
おれたちは いま
出すものを出すために
がむしゃらに力めばいいのか
 




19
 
すりへった靴底で
道のりや険しさは示せない
 
とおい無記名のまなざしに
孤独をしきつめたぼくたちの道は
曲がりくねってつづく
けれど
 
なぜ!
 
問うものは問われる公式に
陽はまだ高い
 
愛もなく憎しみもなく
通行禁止の立て札ばかりが
ぼくたちの道連れだ
 




20
 
おーい遊びに行こう
 
沈黙よりも寂かな
盲目の鐘の響きが
ぼくたちにとどくにはまだ
時間がある
 
つぶれた石炭袋みたいな都会で
都会すぎるぼくたちには
真昼の光は重いかもしれないけれど
 
呼び合いながら
遊びに行こう
 
信じもせず 疑いもせず
太陽が照るにまかせ
あたりまえのように見上げてきた
そんな人間たちを
うらやむことはない
 
帰るところは
そこ以外ではありえないとしても
だからこそ
 
知らないところへ
遊びにゆこう
 
空のおくの
不合理な痛みに
走り去ってゆく
足音だけが確かな
今日
 
ぼくたちは 遊びにゆこう
 
               (1970.9)



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