来 客
★プロローグ
クエスチョンマークのかたちに
ノブがまわり
開くとはかぎらない
ドアが
空白の予感に沿って
時間をしわよせるとき
バランスさせる視線を
誰が 持つだろうか
★彼が
ドアを細めに開き
眼をひからせ すべり込み
すばやく
うしろ手に閉める
彼はいつも
匿名の客である
☆
(ノブの確かさに
体温がかようまで握っている彼の指を
責めるな!
あわてて我にかえって
指紋を置き忘れる彼の指を)
☆
閉めたドアにふり返ることを躊躇する
めまいのような
長さのない瞬間。
☆
ため息は深呼吸に
還元できない!
☆
彼の眼のすみを
みだらな夢のように浮き沈みする
埃が さりげなく
彼の呼吸(いき)の長さを測ろうと
身構えるとき
☆
コーヒーを飲みほす
彼の手つきは
何だろう?
問いかけ
答えられぬことを知って
問いかけつづける
彼の手つきの
やさしさは
☆
鳴らせ。
溶けた鉛のようなものを。
飲み下しているノドを。
鳴らせ。
オーバーにひしゃげらせ。
☆
折れた三本のマッチ
に四本目を吹き消す
息がかかるとしても
どのように。
★まわりだす
モノローグ
<ドアは入口だろうか出口だろうか
……何だかワイセツだね
<出口から帰るぼくは
誠実じゃない
けれど……
<答ほど大きな疑問符はないから
<ぼくがぼくであるために
犯した
罪の多さを
あきれる
という罪!
<それとも……
鍵のかかっているドアに
アリバイを求めたがっている
やっぱりぼくの嘘?
<語れないもの
語りたくとも語れないもの
それが愛
だろうとなかろうと――
★そして…
歯痛のような笑いに
沈黙がしみる
とき
とおい現在にむかって
彼はゆらりと
かしぐ
☆
恐怖
の
楕円形
☆
ずり落ちる
苛立ちにいらだって
彼は立ち上がり……
その拍子にころげる
ミカンの皮の
発する
失ったものへの愛のような
かすかな痛みのなかで
☆
ありがとうを枕詞に
さよならは
してもしなくてもいい
けれど
室(へや)にいる彼と
彼のいる室(へや)と
改めて鏡に
確かめる必要がある
か
☆
(歩幅を恥じるのではなく
距離でもなく
くりかえす規則性を
誇れるのなら……)
☆
遠ざかる跫音が
最後の
ノックの形式で
室の鼓膜を
衝くとき
彼の重さに湿った
座布団のあたりから
来意が血のように
流れ出す
★エピローグ
絶叫に満たされて
室が透きとおり始める
――としたら
意味を
意味のような傷口を!
(1971.1)