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 十月一日、SIVの購入予約申し込みが開始された。これに先立ってハイテク・リサーチが行った電話調査によれば、ランダムに選んだ一〇〇〇人のサンプルのうち四〇〇人がSIVに関心があると答え、一〇〇人は購入を考えていると答えた。全国民の一〇パーセントが全て初物好きとは限らないが、初日予約は膨大な数に昇ると予想されるため、往復葉書による抽選というあまりスマートとは言えない形を取らざるを得なかった。そして、これらの事務処理も一括してハイテク・リサーチが請け負うことになっていた。
「十一月一日に用意できる製品は十万台がぎりぎりだろうね」とセンテックスの営業部長は氏家真美に言った。「しかも、全てを全国に効率よくばらまけるわけじゃないからね。やっぱり、大都市圏は優遇したほうがいいな」
「抽選にはその辺も考慮します」と真美は答えた。「ただ、第二次以降の発売が遅れると、ユーザーの不満が大きいと思います」
「そうだなあ、古川工場の新設ラインが稼働を始めれば、日産三〇〇〇台はできると思う。頑張ってひと月一〇万台ってとこか。十二月一日に第二次発売一〇万台、クリスマス前になんとかもう一〇万台でどうだろう」
「五万台ずつにしても、発売回数を増やし、地方の場合は宅配便で直接送るようにしましょう。その場合の送料はこっちで負担しますが、代金は前払いです」
「実務は任せるよ。こっちじゃ計画通り出荷するだけでてんてこ舞いだよ」
「うちもフリーターから学生さんまで総動員です」
 予約方式は一〇月九日までに到着した葉書を抽選し、第五次発売まで振り分けて返信葉書に印刷し、返送することによって行われる。郵便局に留め置きになっている葉書を持ち帰るだけでも大騒ぎだった。抽選と言っても葉書を詰め込んだ段ボール箱ごと行わざるを得なかった。
 井上はるみは、ビジュアルソフト及びゲームソフトとゲームアダプタの予約を担当したが、こちらも事情は同様だった。最初に供給できるゲームソフトは、シューティングとロールプレイングの二本だけで、しかもアダプタと抱き合わせでしか売らないと宣言したにもかかわらず、各電器店やファミコン店で受け付けた予約は軽く予定台数をオーバーした。
「こっちの数字は冷やかしも入ってると思います」はるみはゲームグループのミーティングで発言した。「明らかにひとりで何枚か出しているのもありますし」
「するとそれを見込んで抽選するわけですか」とアルバイトのひとりが訊いた。
「そうですが、上乗せは一〇パーセントに止めます。これでも余剰品が出るはずですが、それは各店の混乱防止用としましょう」
「といいますと……」
「つまり、強硬な客には裏口で売れということです。あるいはパニックが起きそうなときに、水を掛けるために使ってもいいですし、それは裁量に任せます」
 はるみは、それから抽選の方法と各店への出荷の指示を細かく行ってミーティングを終えた。それから、センテックスの名義でアダプタを生産している下請会社と連絡を取り、納入期日について確認し、さらに大阪のハニービーソフトにも電話を掛けて、ディスクへの焼き付けを急ぐよう要請した。映画関係のソフトについては、将来SIV新聞を発刊することも考えて、大手印刷所にデュプリケーターを設置し、そこでやって貰っていたから、供給面の問題はほとんどないと思われたが、念押しを忘れなかった。
 はるみはひたすら仕事に打ち込んでいた。あれから栗駒署との連絡は一度電話で経過を聞いただけだった。それも掛けて来たのは川島刑事の方だった。
 −−栗駒クリニックは中村氏とは無関係でした、と川島は言った。院長も理事長も親戚でも知り合いでもないそうです。それに、平田も来院したことはなかったようです。井上弘志という名前も、ここ五年のカルテの中には見られなかったですね。
 −−そうでしたか、とはるみは言った。すると、すべて中村さんが握り潰していたわけですね。
 −−そう言うことになるだろうが、そのことを犯罪として立件するのは難しいな。
 −−すると、原田さんの事件も……。
 −−いや、そっちは殆ど決まりだと思うけど、物的証拠がなくてね。裏付けを進めてるところです。口が堅いのは信用してるけど、彼には黙っててください。
 −−逃げるつもりなら、わたしが催促しなくとももうとっくに姿を消してますって。自信家なのか、状況が見えないのか、頭のいい人ってあんな感じね。
 川島はもっと話していたそうだったが、はるみは、会社の電話で人の耳もあるからと言って打ち切った。
 −−逮捕が決定したら一応連絡します、と最後に川島は言った。それから、なにか証拠になりそうなことを思い出したり、手帳から読み取ったりしたら連絡ください。
 はるみは、はいはいと返事をして受話器を置いた。そしてそれから何日か経ったが、川島からは何の連絡もない。中村はここのところ古川工場に張り付いているとのことで、こちらからも何も言って来ない。表面上は平穏だが、はるみも氏家真美も仕事でもしていなければ苛立ちがつのるばかりだった
 
 庄子警部補の苛立ちの原因は、栗駒署署長の慎重さにあった。これだけ状況証拠が揃い、容疑事実は明らかであるのに、いっかな動こうとしない。人権重視というより単に無能なだけではないかと思われる。その部下の刑事たちに至っては典型的な田舎警察で、初動捜査もろくに成果の上がらぬままなんとなく教科書通りに進め、それで済んだつもりでいる。庄子の考えではそれは犯罪捜査とは言わない。隠された証拠を積極的にあぶり出すくらいでないと、きょうびの殺人犯とは対抗できない。問題はこの事件の指揮をとるのが所轄署の署長で、庄子は単に県警本部からの助っ人に過ぎないということだ。思い通りにさせてくれれば既に事件は解決しているのに。
 ただ、現在まで得られた証拠で、公判が維持できるとは庄子も思ってはいない。しかしそれは容疑者を逮捕してから自白させ、凶器の隠し場所を聞き出し、指紋と刺創痕との照合を行えばそれで済む。もし凶器を始末してしまった場合はすこし面倒になるが、クラクションに残された指紋が一致すれば問題ない。それも違った場合を考えて、署長は逮捕に踏み切れないでいるのだろう。任意で出頭して貰い、指紋だけでも取ればいいのになぜそれもしないのか。彼が地元企業の部長だからか。
 そこまで考えて庄子は署長の腹が読めたような気がした。署長の息子はセンテックスに勤めているそうだ。もし誤認逮捕でその上役を締め上げたりしたら、息子の出世の道は当然閉ざされることになるだろう。
 しかしそれは公私混同じゃないか、と庄子はひとり眉を顰めた。担当検事に相談してみようか。署長は本件には私情を持ち込む恐れがあるということで、捜査陣から外して貰う。しかし、現実にそんなことをすれば次に自分がどんなしっぺ返しを食うか分かったものではない。署長はキャリア組ではなく、現場からの叩き上げだ。それだけに彼の薫陶を受けた刑事たちは全県に散らばっている。その署長を排斥したことが噂になったら、庄子は何処に異動しても白い目で見られることになるだろう。
 やはりこうなると、なんとか署長を納得させるだけの証拠を自分一人ででも掴まねばならない。はっきり黒であれば、いくら事情があってもまさか躊躇はしないだろう。庄子は県警本部の自席で、先程から中村の供述書と、千葉刑事の捜査報告書を何度も読み返していた。
 中村の供述によれば、八月十三日から十五日までは鴬沢町大字細倉の実家に妻と帰省しており、十五日に移動して仙台市青葉区八幡町の妻の実家に行き、その日に墓参りを済ませ、翌日は雨模様だったため一日中そこにいて、義父と碁を囲んだりしていたという。そして、千葉は関係者全員と面談したが、その結果はいずれも中村の言葉を裏付けるものだった。
 問題の十六日のアリバイを証言しているのが妻だけだったら、言いくるめられたなと疑うところだが、囲碁には相手がいる。その義父は、定年は過ぎて自適生活を送っているもののまだ矍鑠たるもので、日付を間違えて記憶しているとも考えられない。
 ただ、義父の証言には小さな綻びはある。一日中顔を突き合わせていたわけではなく、義父は碁が済んでまもなく天候が回復したのを見て、市立病院に入院している友人を見舞っている。それから少し駅前の書店などを冷やかし、三時頃帰宅し、夕食前にまた一局囲んだという。戦績は、午前の部は義父の中押し、午後の部は中村が十目程勝ったらしい。
 千葉刑事もさすがに栗駒では一番のやり手だけあって、この空白の時間に注目していた。捜査報告によれば、この間を利用して細倉まで往復し、原田を殺害することが可能かどうか検討したことが記されている。原田がレンタカーを借りたのは午前十時だから、これに間に合うように家を出たとは考えにくい。碁好きの心理はよく分からないが、いくら暇でも朝食を済ませてすぐ打とうとは思うまい。もっとも、千葉はちゃんと当日の仙台市の天候も調べていた。それによれば、温帯低気圧が通り過ぎて、雨が上がったのは午前十一時頃だった。と言うことは、十時頃はまだ碁を打っていたと考えられる。
 千葉の仮説では、もし当日中村が細倉に行ったとすれば、最初から原田の車に同乗していたのではなく新幹線でくりこま高原駅まで行き、ここで車で来た原田と待ち合わせ、運転を替わって細倉に行ったのではないかという。この説の根拠として、義父の証言のほかに、乗用車に乗って実測したタイムテーブルが、実際の経過によく一致すること、仙台からでは距離的にやや遠回りとなる、金成のドライブインに立ち寄っていることを挙げている。
 ここまでは庄子警部補も千葉の説に感心した。しかし、この後がいただけない。死亡推定時刻が午後三時頃だから、義父と碁を打ち始めた四時頃までに現場から八幡町に戻るのは不可能であり、共犯者の助けがあったものと一足飛びに結論づけている。しかもその共犯者は女性の可能性が強いとしている。その論拠は、シートの隙間から見つかった一本の髪の毛と、昼食を一緒にとらなかったのは、人の目を恐れたからだろうという推測だった。
 庄子は南向きの窓からすっかり暮れた街を眺めた。千葉はおそらくその共犯者を捜して靴を擦り減らしているのだろう。むだな努力だと、庄子は思う。千葉の説を取れば、中村は途中でさっさと帰り、後の殺害実行は共犯者の女に任せたことになる。これでは主犯がその女になってしまう。千葉の考えでは中村の愛人か何かを予想しているのだろうが、いくら愛人でも、それじゃ後はよろしく殺しといてくれ、おれは帰るからと言われて、はい、ちゃんとやっときます、いざとなったら罪はわたしがかぶりますとはなかなか言えないだろう。やはりこれは単独犯の仕業であり、中村はなんらかのアリバイトリックを用いているに違いない。
 庄子はあくびをしながら立ち上がる。明日からおれはおれのやり方で靴を減らしてみよう、と彼は思った。千葉さん、どっちが早く真相にたどり着くか、いっちょう競争と行くか。
 

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